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  本の紹介

   久松達央: キレイゴトぬきの農業論  

               2013年 新潮新書 204頁

 (本の構成)

はじめに
第1章     有機農業三つの神話
第2章     野菜はまずくなっている?
第3章     虫や雑草とどう向き合うか
第4章     小規模農家のゲリラ戦
第5章     センスもガッツもなくていい
第6章     ホーシャノーがやってきた
第7章     「新参者」の農業論
主要参考文献

 著者は、慶応義塾大学経済学部を出て帝人株式会社に就職し、輸出関係の仕事に携わった経歴を持つ脱サラ農業者で、茨城県土浦市に久松農園を設立して有機農産物を生産し、会員(消費者)や飲食店に直接販売をしている。

 タイトルが、「キレイゴトぬきの農業論」であるので、農業批判の本かなと思って購入したまま暫く本棚の隅に積んでおいた本である。第1章は、「有機農業三つの神話」ということで、常識的な有機農業について、批判的に書き出している。有機だから安全か? 有機だから美味しいか? 有機だから環境にいいのかなど、有機農業について先入観にとらわれない感覚で問題提起をしている。

著者は、有機農業に挑戦しながら、上記のことについて考え、「有機」だからというだけでは、そのめざすべき方向と違っている場合もあり得るということを論理的、合理的に述べている。著者が目指すところは、消費者が本当に美味しいと喜んでくれる野菜を作り、届けるということだと述べている。野菜の美味しさのためには、適した時期に、適した品種を健康に育て、鮮度良く届けることが必要であるとしている。著者が有機農業に取り組んでいるのは、本当に美味しい野菜を作るのに有機農業がふさわしいと考えているからであるという。久松農園の会員が、やや高価でもリピーターとなってくれるのは、美味しいを基本に、安全性、環境保全、農業に取り組む姿への共感、あるいは友人だから、などいろいろな視点・契機によると考え、有機農業はそのきっかけ作りに大いに貢献していると考えている。

著者は、自ら脱サラして、ほとんど何も無い状態から、3ヘクタールの畑で年間数十種の野菜を5人の若者と共に生産・販売するところまで立派にやっているが、2011年3月の東日本大震災、福島第一原発の事故に遭遇し、多くの会員が放射能汚染を心配して去っていく中で、放射能検査で安全性を確認しアピールするなど非常な苦労を強いられた。しかし、それでも農業を続けたのは、自分が心底農業が好きであることをこの災害を契機に再発見し、日々、工夫しながら、それが経営に直結する仕事であるので農業は楽しいと述べている。

 最近は、新規農業参入者が増えているが、どうしても最初は小規模経営とならざるえない。しかし、このような条件下で、継続可能となる所得を確保していかなければならない。久松農園の少量多品目生産、美味しさの徹底的追求、直接販売などのやり方は、農業経営における1つの事業モデルになると思う。

 著者は、もう少し農業分野で規制緩和が行われるならば、新規参入者等の活躍の場がもっと広がるのだがと嘆息している。本書を読んで、農業において大規模経営だけでなく、多様な営農形態があり得ること、消費者の支持を得ながら取り組むことの重要さ、有機農業のあり方について教えられることが多かった。また、著者のような優秀な人材の農業参入が農業再生には大きな力になると思われた。                          (MM/2014.12.21)


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